大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10845号 判決

原告 双木茂

右訴訟代理人弁護士 大西保

同 横幕武徳

右大西保訴訟復代理人弁護士 金子哲男

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 金岡昭

〈ほか一名〉

被告 田無市

右代表者市長 木部正雄

右訴訟代理人弁護士 猪原英彦

右指定代理人 安藤亀吉

〈ほか一名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金二四五万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  主文同旨

2  (被告東京都のみ)予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外新井正守から東京都田無市本町二丁目五七〇番地の四宅地二九七・五二平方メートル(以下「本件土地」という。)を賃借し、同土地に木造瓦葺二階建店舗兼住宅(以下「本件建物」という。)を所有していたが、昭和五一年、右新井の承諾を得て同建物を鉄骨造二階建店舗併用住宅(延べ床面積四八三・一三九平方メートル)に建て替えることとした。

2  ところで、本件土地は田無駅北口地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)の施行区域内に所在するので、同土地に建物を建築するについては、建築基準法六条の規定による建築主事の建築確認のほかに、都市計画法五三条の規定による東京都知事の建築許可を受けなければならなかった。

そこで、原告は、1記載の計画建物の建築につき、建築士渡辺健二を代理人として、昭和五一年一一月二九日東京都多摩東部建築指導事務所(以下「多摩東部事務所」という。)に右建築確認の申請書を提出し、次いで、同年一二月一日同事務所に右建築許可の申請書を提出した。

3  しかるに、被告東京都(以下「被告都」という。)の職員である多摩東部事務所の建築主事山本政雄は、右申請書が提出されるや、直ちにその事実を被告田無市(以下「被告市」という。)の都市再開発部長松下秀夫に連絡し、建築阻止のための措置をとることを勧め、右松下部長から建築確認を引き延ばしてほしい旨依頼されたのに応じて建築確認申請を握りつぶすことを図り、故意に右建築確認申請の受理手続を放置し、建築基準法六条三項又は四項に定める通知を所定の期限である同年一二月二〇日までに行わなかった。そして、後記4で述べるとおり都市計画法五五条の規定によって原告の建築を不許可とすることが可能となった後である昭和五二年四月二日にいたり、ようやく右建築確認申請の受理手続をとり、同月末に「都市計画法五五条一項の規定による地域内の建築許可不明につき」という理由で期限内に確認ができない旨の通知を原告に対してした。

4  一方、被告市の職員である前記松下秀夫部長は、多摩東部事務所に原告の建築確認及び建築許可の申請書が提出されたことを前記山本建築主事から知らされ、本件再開発事業に反対の立場をとっている原告の右建築を阻止するため、その方法について検討をはじめた。そして、東京都都市計画局の指導を受けた結果、都市計画法五五条の規定により、東京都知事が事業施行者を事業予定地内の土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方と定め、その旨の公告をした場合には、同法五四条所定の許可基準に適合している建物の建築についても、同知事において建築を不許可とすることができることを知り、右五五条の適用要件を充足する手続にとりかかった。

そこで、右松下部長の画策に基づき、被告市は、昭和五一年一二月一〇日付で東京都知事に対して、都市計画法の右規定により田無市本町二丁目及び四丁目地内の区域についてその買取りの申出及び有償譲渡の届出の相手方を同市と定めるべきことの申出をし、昭和五二年一月二一日、同知事が同市を右買取りの申出及び有償譲渡の届出の相手方として定めた旨の公告をした。これによって、都市計画法五三条及び五四条の規定によれば許可を得ることができたはずの原告の建築は同法五五条一項の規定により不許可とされうるものとなり、同年一一月二一日付で現実に東京都知事の不許可処分が行われた。

5  以上のように、原告が建築確認及び建築許可を申請した昭和五一年一二月初めまでの時点では原告が計画した建築をするについて格別の法的障害は何もなかったにもかかわらず、右建築を阻止しようとする被告都職員山本建築主事及び被告市職員松下部長両名の通謀により、一方においては原告の建築確認申請が握りつぶされ、他方においてはその間に建築許可申請を不許可とするための策動が進められ、結局、原告の計画した建築が不可能とされたのであるから、右両名の行為が共同不法行為に当たることは明らかである。

6  原告は右建築が不可能とされたことにより次のとおり合計二四五万六〇〇〇円の損害を被った。

(一) 建築設計及び建築確認申請に要した費用合計一四五万六〇〇〇円

(二) 原告は本件建物を有限会社さくらいに賃貸していたが、改築ができるものと信じて昭和五二年一月から同年三月までの間同建物を立ち退かせたので、これによって失った得べかりし賃料合計一〇〇万円(昭和五二年一月分二五万円、同年二月分五〇万円、同年三月分二五万円)

7  よって、原告は被告らに対し、国家賠償法の規定に基づく損害賠償として右二四五万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年一一月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告都の認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  請求原因2の前段は認めるが、後段の事実は否認する。渡辺建築士が昭和五二年一二月一日多摩東部事務所に来たことはあるが、建築確認申請書及び建築許可申請書を提出した事実はない。

3  請求原因3のうち、被告都の職員である多摩東部事務所の山本建築主事が昭和五二年四月二日に原告の建築確認申請について受理手続をとり、同月中に原告に対し期限内に確認ができない旨の通知をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求原因4のうち、被告市が東京都から指導を受けたこと、同市が昭和五一年一二月一〇日付で東京都知事に対し都市計画法五五条の規定による原告主張のとおりの申出をし、これに基づき同知事が原告主張のとおり定めた旨の公告をしたこと及び原告の建築が不許可となったことは認めるが、その余の事実は不知。

5  請求原因5は争う。

6  請求原因6の事実は不知。

三  請求原因に対する被告市の認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  請求原因2の前段は認めるが、後段の事実は不知。

3  請求原因3のうち、被告市の松下部長が原告の建築を阻止するため山本建築主事に建築確認の引延しを依頼したことは否認し、その余の事実は不知。

4  請求原因4のうち、被告市の松下部長が東京都から指導を受けたこと、被告市が昭和五一年一二月一〇日付で東京都知事に対し都市計画法五五条の規定による原告主張のとおりの申出をし、これに基づき同知事が原告主張のとおり定めた旨の公告をしたこと及び原告の建築が不許可となったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求原因5は争う。

6  請求原因6の事実は不知。

四  被告都の主張

1  昭和五一年一二月一日、原告の代理人である渡辺建築士が原告の建築確認申請書を持参して多摩東部事務所を訪れた(都市計画法による建築許可申請書は持参しなかった。)。応対した同事務所指導第二課指導第二係長安住五十夫は、本件土地が本件再開発事業の施行区域内にあるときは建築確認申請書と都市計画法五三条の規定による建築許可申請書とを同時に提出することとなっているので、渡辺建築士に対して、田無市に行って建築確認申請書の添付図面に右事業施行区域を図示してもらってくるように指示し、あわせて同市あてに本件土地につき右事業施行区域の図示を願いたい旨を記載した照会書(以下「本件図示照会書」という。)を作成して同人に交付した。渡辺建築士はこれを了承し、本件図示照会書とともに建築確認申請書類一式をそのまま持ち帰った。

2  同年一二月三日、田無市都市再開発部主幹安藤亀吉から多摩東部事務所の前記安住係長に対して、先に図示照会があった件に関して都市計画法五五条一項の規定の適用があるかどうか質問があったが、これに対し同係長は、同条の適用については多摩東部事務所長の権限外である旨答えた。同月七日、右安藤主幹らが東京都都市計画局防災計画部再開発計画課長に面会し、前記安住係長に対するのと同様趣旨の質問をしたので、同課長は、「都市計画法五五条一項の規定は、同条二項の規定による申出に基づき都道府県知事が事業施行者を土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方として指定し、これを同条四項の規定により公告した場合において適用されるものである。」旨答えた。

その後、同月一六日にいたり、被告市は東京都知事に対し、同月一〇日付をもって都市計画法五五条二項の規定による申出をした。

3  多摩東部事務所の安住係長は、被告市の前記松下部長らに対し、本件図示照会に対する回答を求めていたところ、昭和五二年一月一一日、被告市から本件土地は本件再開発事業の施行区域内にある旨の回答書と原告の建築確認申請書類一式とが多摩東部事務所に届けられた。そこで、安住係長は、同日、渡辺建築士に対し都市計画法五三条の規定による建築許可申請書を提出するよう連絡したが、提出されなかった。また、建築確認申請については、建築基準法六条六項所定の手数料の納付がなかったため、受理の手続が行われないままとなっていた。

4  かくするうち、同月二一日、東京都知事は、被告市の前記申出に基づき同市を土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方として定め、その旨の公告をした。

5  同年二月一日、安住係長は改めて渡辺建築士に電話連絡をして、前記建築確認申請書の処置についてたずねたところ、原告の意向を確めるので待ってほしいとのことであり、同年四月二日にいたって、ようやく建築確認申請についての手数料三〇〇〇円が納付されたので、山本建築主事は同日付で建築確認申請書を受理した。しかし、都市計画法による建築許可申請書は当日になっても提出されなかった。そこで、山本建築主事は、同月六日、「都市計画法五五条一項の規定による地域内の建築許可不明につき」という理由で右申請に係る建築確認を期限内にできない旨を原告に通知した。

6  その後、同月一六日、原告は同日付の建築許可申請書を多摩東部事務所に提出したが、東京都知事は同年一一月二一日付で右申請を不許可とする旨の通知をした。

7  以上の経過から明らかなとおり、原告の建築確認申請が適法な受理要件を具えたのは都市計画法五五条四項の規定による東京都知事の公告がなされた後である昭和五二年四月二日のことであり、また、建築許可申請書が提出されたのは同月一六日のことである。したがって、右両申請が昭和五一年一二月一日までになされたことを前提として、山本建築主事が右建築確認申請を不当に握りつぶしたとする原告の主張は失当である。

五  被告市の主張

1  昭和五一年一二月一日、原告の代理人である渡辺建築士から被告市に対して多摩東部事務所の作成した本件図示照会書が提出されたが、本件土地に建築が行われると本件再開発事業の推進に大きく影響するので、被告市の松下部長らは、同月六日、東京都都市計画局防災計画部再開発計画課長に建築規制の可否及び方法について教示を求め、「右建築が事業の早期実施に支障をきたす場合には都市計画法五五条一項の規定の適用が可能であり、そのためには同条二項の規定により土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方として定めるべきことの申出をすることが必要である。」旨の指導を受けた。

2  そこで、被告市は、都市計画法五五条の規定の適用を求める手続をとることとし、土地の所有者から買取りの申出があったときはこれに応じる方針を立て、同月一〇日付で東京都知事に対し同条二項の規定による申出をした。

3  その後、昭和五二年一月一一日、被告市は、多摩東部事務所からの本件図示照会に対し、被告都の主張3のとおりの内容の回答書を同事務所に届けた。

4  同月二一日、被告都の主張4のとおりの公告が行われ、同年一一月二一日原告の建築許可申請を不許可とした旨の通知があった。

六  原告の反論

1  被告都は、原告の建築確認申請について昭和五二年四月二日まで建築基準法所定の手数料が納付されなかったので受理手続を行わなかったと主張するが、同年一月七日、原告の代理人である渡辺建築士が都議会議員小林完爾とともに多摩東部事務所に赴き、手数料三〇〇〇円を同事務所係官に交付した。同年四月二日に手数料を納付した事実はない。

2  被告都は、原告の建築許可申請が昭和五二年四月一六日にはじめてなされたと主張するが、原告は、昭和五一年一二月一日に右許可申請書を提出していたにもかかわらず、昭和五二年四月ごろになって多摩東部事務所から建築許可申請書を再度提出してほしい旨求められたので、理由は分らなかったが念のため同月一六日に改めて前回と同様の一件書類を提出したもので、建築許可申請は二度行われているのである。被告都は、右再度の申請をあたかも最初の申請であるかのごとくに主張しているものである。

第三証拠《省略》

理由

一  本件土地が、本件再開発事業の施行区域内に所在し、同土地に建物を建築するについて、建築基準法六条の規定による建築主事の建築確認のほかに、都市計画法五三条の規定による東京都知事の建築許可を受けることが必要とされていたことは、当事者間に争いがない。

二1  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、新井正守から賃借中の本件土地に木造二階建店舗兼住宅二棟よりなる本件建物を所有して、これを有限会社さくらいに賃貸していたが、昭和五一年九月ころからこれを全面的に建て替えることを計画した。そして、本件土地が本件再開発事業の施行区域内にある関係からどの程度の建築が法的に可能であるかを確かめるため、原告は、同年一〇月二〇日付で、大旭建設株式会社を通じ田無市長あてに、鉄筋コンクリート造耐火構造三階建店舗併用住宅(延べ床面積六〇三・九七平方メートル)の建築について伺い書を提出したところ、同年一一月五日付で、同市長から同会社に対し、右建物は都市計画法五四条所定の許可基準に適合しない旨の回答がなされた。原告は更に東京都建築指導部長を訪ねて相談したところ、鉄筋コンクリート造三階建は許可されないが鉄骨造二階建であれば建築可能であるとの意見であった。

そこで、原告は、鉄骨造二階建店舗併用住宅(延べ床面積四八三・一三九平方メートル)を建築することとし、渡辺健二建築士にその建築設計及び建築確認申請等の手続を依頼した。

(二)  渡辺建築士は、同年一二月一日、右建築についての建築確認申請書を持参して多摩東部事務所に赴いたが、応対した同事務所指導第二課指導第二係長安住五十夫から、本件再開発事業施行区域内での建築であることを書類上明らかにするため、田無市役所に行って建築確認申請書の添付図面に右施行区域を図示してもらってくるように指示され、かつ、同市役所にあてた本件図示照会書を交付されたので、渡辺建築士は、建築確認申請書の提出手続をとることなくこれをそのまま持ち帰り、同日、被告市都市再開発部に本件図示照会書と建築確認申請書類一式とを提出して右施行区域の図示証明を願い出た。

(三)  被告市の事務処理としては、右願い出に係る図示証明をすることは簡単で、普通であれば当日中にもできるものであったが、同市都市再開発部長松下秀夫らは、原告の計画建物が建築されると本件再開発事業の推進に重大な支障をきたすものと判断して、右建築を阻止する方針をたて、そのため、願い出に係る図示証明を保留して右建物につき建築確認の手続が進行しないようにしておき(建築確認申請書類も同部に留め置かれることになる。)、その間に建築を阻止する方策を講じることとした。

そして、同年一二月三日ころ、同部安藤亀吉主幹が多摩東部事務所の前記安住係長に都市計画法の適用を問い合わせたが、回答を得られなかったので、更に同月七日、前記松下部長及び右安藤主幹が東京都都市計画局防災計画部再開発計画課に赴き、同課長に事情を説明して原告の建築を阻止する方法について教示を求めたところ、「建築が本件再開発事業の実施に支障をきたす場合には、都市計画法五五条一項の規定により、同法五四条所定の許可基準に適合している建物の建築についても東京都知事が不許可とすることができるが、そのためにはまず、被告市において同法五五条二項の規定により土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方として定めるべきことを同知事に申し出なければならず、これに基づいて同知事が同条三項の規定により右買取りの申出及び有償譲渡の届出の相手方として被告市を指定し、その旨を同条四項の規定により公告することが必要である」旨の指導を受けた(右指導を受けた事実は原告と被告市との間において争いがない。なお、右指導内容及び昭和四四年九月一〇日付建設省都市局長通達等を勘案すると、都市計画法五五条一項の規定により都道府県知事が建築を不許可とした場合には、土地所有者からの土地買取りの申出に対して原則として応じるべきことが義務づけられることになるため(同法五六条)、実際に右五五条一項の規定を発動する場合の手順としては、あらかじめ事業施行者から都道府県知事に対して同条二項の規定により右買取り申出等の相手方となる旨の申出をなさしめ、これに基づき同知事が同条三項の規定による指定及び同条四項の規定による公告をすることによって、当該事業施行者が土地の買取りをすることを明らかにしたうえで、不許可処分を行うというのが一般的取扱であったものと理解される。)。

(四)  そこで、被告市は、原告の建築について都市計画法五五条一項の規定の発動を求める手続をとることとし、同月一〇日付で東京都知事に対し、田無市本町二丁目及び四丁目地内の区域について同条二項の規定による申出をした(右申出が行われた事実は当事者間に争いがない。)。

(五)  これと併行して、被告市は、原告に対して建築確認申請を取り下げるよう働きかけ、同年一二月中に三回ほど市長あるいは担当職員が原告と接触して説得に当たったが、原告はこれを拒否した。この話合いの過程及びその前後において、被告市は原告に対し、都市計画法五五条一項の規定の発動を求める手続中であることを知らせなかった。また、多摩東部事務所からは被告市に対し本件図示照会に対する回答の催促があったが、前記松下部長らは、原告と建築確認申請の取下について交渉中であるとの理由で回答を留保していた。

(六)  昭和五二年一月に入り、多摩東部事務所から重ねて右回答の催促があったので、被告市都市再開発部では、さきに原告から提出されていた建築確認申請書の添付図面に所要の図示をし、本件図示照会に対する回答書を作成したうえ、同月一一日、前記安藤主幹が右建築確認申請書類一式とともに多摩東部事務所に持参した。右照会回答書には、本件土地が本件再開発事業の施行区域にある旨の記載のほかに、「なお、本建築計画については、上記事業の施行に重大な影響を及ぼすため都市計画法第五五条第二項に関する公告手続中であるのでご配慮願いたい。」との記載がなされていた。

(七)  被告市から原告の建築確認申請書類を受領した多摩東部事務所では、これについて正規の受理手続をとらないまま保管していたところ、同年一月二一日、東京都知事が被告市の前記申出に基づき同市を土地の買取りの申出及び土地の有償譲渡の届出の相手方として定めた旨の公告をし、これにより、原告の建築は、都市計画法五四条所定の許可基準に適合していても同法五五条一項の規定により不許可とされることがほぼ確実な見通しとなった(右公告の事実は当事者間に争いがない。)。

(八)  この間、原告本人としては、自己の建築につき同法五五条一項の規定の発動手続が進められていることを知らないまま、建築着工にそなえて、昭和五二年一月以降本件建物の賃借人である有限会社さくらいから同建物の明渡を受けた。同年一月末か二月初めころ、原告本人は東京都知事の前記公告が行われたことを知ったものの、これによって原告の建築が不可能になるものとは考えなかった。

(九)  その後同年四月二日にいたり、原告が建築確認申請の手数料三〇〇〇円を多摩東部事務所に納入したので、同事務所の山本建築主事は、保管中の原告の建築確認申請書につき同日付で受理番号六〇〇一号として申請を受理し、同月六日付で「都市計画法五五条一項の規定による地域内の建築許可不明につき」との理由で右申請に係る建築確認を期限内にできない旨の中断通知を原告に対してした。

そして、更に、同月一六日付で原告から都市計画法五三条の規定による建築許可申請書が同事務所に提出されたが、同事務所から東京都本庁に回付され、同年一一月二一日付で都市計画法五五条一項の規定に基づき東京都知事の不許可処分が行われた(右不許可処分が行われた事実は当事者間に争いがない。)。

(一〇)  なお、原告の本件建築に先だち、本件再開発事業の施行区域内で本件土地から一〇〇メートルほど離れた田無市本町四丁目四〇三番地の一三の土地に鉄骨造二階建店舗(延べ床面積七六・六八五平方メートル)を建築しようとした渋谷幸男が昭和五一年八月三日付で建築確認を申請し、次いで同年一一月二二日付で建築許可を申請したのに対し、右一一月二二日付で建築確認及び建築許可が与えられていたが、これは、建物の規模が大きくないため、被告市としても、本件再開発事業の施行に支障にならないと判断して建築を認めることとしたものである。

2(一)  原告は、渡辺建築士が昭和五一年一二月一日に建築確認申請書とともに都市計画法五三条の規定による建築許可申請書も多摩東部事務所に持参したと主張し、証人渡辺健二もこれにそう供述をする。確かに、1の(一)で認定したところからすると、原告は本件建築について都市計画法による建築許可を必要とすることは知っていたものと認められるが、他方、1の(一〇)で認定した渋谷幸男の場合でも、建築確認申請書のみがさきに提出され、建築許可申請は建築確認及び建築許可が行われる当日付でなされていることに徴すれば、建築許可申請書は後で提出すればよいものであったかのごとくであり、これに《証拠省略》を考え合わせると、他に客観的裏付けのない限り、前記証人渡辺健二の供述はたやすく採用することができない。

原告の建築許可申請書が提出されたのは1の(九)記載のとおり昭和五二年四月一六日と認められるが、この時期までおくれるにいたった事情は、次に述べる建築確認申請手数料の納入がおくれた事情と同様であると考えられる。

(二)  また、原告は、建築確認申請手数料三〇〇〇円を昭和五二年一月七日に多摩東部事務所に納入したと主張し、原告の手帳にはこれにそう記載があるほか、証入渡辺健二、同小林完爾及び原告本人も同旨の供述をする。しかし、これらの記載及び供述内容には曖昧かつ不自然なものがあり、《証拠省略》と対比すると、たやすく信用しがたいものといわざるをえない。1の(四)ないし(六)で認定したとおり、原告の建築については昭和五一年一二月中から被告市において都市計画法五五条の規定を適用してこれを阻止する手続を進めており、昭和五二年一月一一日には被告市から多摩東部事務所に対し正式に同条の規定による公告手続中である旨の連絡がなされたため、同事務所としては、おそくともその段階で、近く右公告が行われて原告の建築が許可されなくなることを知ったものであり、したがって、もはや原告に対して積極的に建築確認申請手数料を納入させたり建築許可申請書を提出させたりするまでの必要性もとぼしくなったので、右の納入及び提出に関する事務を進めないでおき、同年四月にいたり事案を最終的に処理するために形式上一応右手数料の納入及び建築許可申請書の提出を行わせたものであると推認するのが相当である。《証拠判断省略》

三  以上の認定事実に基づき被告らの責任について考察する。

1  被告都について

(一)  前記二の1の(二)で認定したとおり、渡辺建築士は、昭和五一年一二月一日建築確認申請書を多摩東部事務所に持参したものの、同事務所係官の指示に応じて、被告市から右申請書添付図面に図示証明をしてもらうため右申請書類を持ち帰ったものであり、建築確認の申請行為があったものとは認められない。したがって、同日右建築確認申請が行われたことを前提として、その不受理ないし握りつぶしあるいは建築基準法六条三項又は四項所定の通知期限の徒過をいう原告の主張は失当である。

(二)  また、多摩東部事務所が原告の建築について被告市からの図示証明を求め、かつ、同市あてに本件図示照会書を発行したことは、市街地開発事業施行区域内における建築に関する事務処理として異例のことではなく、これを目して、同事務所が被告市に対して原告の建築阻止の措置をとることを勧めたものであるとか、あるいは、そのために殊更に通報したものであると認めることはできない(《証拠判断省略》)。

(三)  更に、原告の建築確認申請書が本件図示照会に対する回答書とともに被告市から多摩東部事務所に届けられたのは右図示照会の日から一か月余を経た昭和五二年一月一一日であるが、それまでに同事務所が被告市に右図示照会に対する回答方を催促していたことは前記二の1の(五)、(六)で認定したとおりであり、原告の主張するように被告市の意をうけて建築確認を引き延ばすために回答の遅延を放置しておいたものとは認めがたい。そして、右図示照会に対する回答書には、被告市において都市計画法五五条の手続中である旨が記載されており、もし右手続の結果同条所定の東京都知事の公告が行われて建築が許可されないこととなったときは建築確認だけをしても無意味であるし、加えて当時は建築確認申請の手数料も未納であったことを考慮すれば、原告の建築確認申請書を受け取った多摩東部事務所において、同建築につき右都市計画法の規定による規制が近く行われるものと予測し、事態の成行きが判明するまで右建築確認申請の受理手続を進めること(原告に手数料の納入を督促することなど)を留保して申請書類を事実上保管するにとどめていたとしても、これをもって行政上の事務処理として許されない怠慢であるということは相当でない。右申請書類が同事務所に届けられてから一〇日後には東京都知事の公告が行われ、建築許可を受けることが期待できない状況となったのであるから、成行き不明のままで不当に長期間右の申請受理手続を放置していたわけではなく、もとより、右公告後において申請受理手続を進めることが実際上無意味であったことは明らかである。

(四)  以上を要するに、本件における多摩東部事務所の行為ないし措置には原告主張のような違法があったものと認めることはできない。

2  被告市について

(一)  前記認定によれば、被告市の松下部長らは、原告の計画建物の建築が本件再開発事業の施行に支障となるところから、これを阻止するため、原告から願い出のあった図示証明を一か月余にわたり保留する一方で、その間に東京都知事に対して都市計画法五五条一項の規定の適用を求める手続を進め、その結果、被告市が図示証明をした一〇日後には同条四項の規定による同知事の公告が行われ、結局、原告の建築は不可能となったものである。原告としては、自己の建築について同条一項の規定が発動されることは全く予想せず、同法五四条所定の許可基準に適合した建物であれば建築できるものと信じて、昭和五二年一月以降本件建物から賃借人を退去させて着工にそなえていたところ、被告市が前記のような建築阻止策を講じたため、予想に反する結果となったものである。

(二)  ところで、都市計画法五五条一項の規定は、市街地開発事業(土地区画整理事業及び新都市基盤整備事業を除く。)の施行区域内における建築について一般的に適用されるものであり、その規定の趣旨は、要するに、右事業においては、市街地等の重点的、計画的な造成のために用地の先行取得を必要とするので、これを容易ならしめるため、通常の場合よりも計画制限を強化することによって事業の円滑迅速な施行を図ろうとするところにある。そして、この規定を発動するにあたっては、事前に事業施行者からの申出に基づき都道府県知事が同条三項及び四項の規定による指定及び公告を行うのが一般的取扱であったことは、前記二の1の(三)のかっこ内で述べたとおりであるが、同法の規定上は、かかる手続を経るべきことが発動の前提要件として定められているわけではない。このような規定の趣旨等からすれば、右の一般的取扱のもとにおいて、市街地開発事業施行区域内における建築につき、いまだ事業施行者からの申出及び都道府県知事の指定・公告の手続がなされていない間に、同法五四条所定の許可基準に適合する建物の建築について建築確認申請が提出された場合であっても、当該建築が事業の円滑迅速な施行に支障をきたすものと認められるときは、右申出、指定及び公告の手続をとったうえで同法五五条一項の規定を発動することが許されるものと解すべきである。建築確認申請が先行した以上、もはや同条項発動のために事業施行者において右申出をしたり、あるいは都道府県知事において右申出に基づく指定及び公告をしたりすることができなくなると解するのは相当でない。これを建築主の側からいえば、事業施行区域内の建築については、それが同法五四条所定の許可基準に適合するものであり、かつ、現に右申出、指定及び公告の手続が履践されていないことから、当該建築が許可されるものと信じたとしても、それだけでその信頼に対する保障が法律上与えられているとはいえないのである。したがって、原告が本件建築確認申請書を持参した昭和五一年一二月一日当時にはいまだ右申出、指定及び公告の手続が行われていなかったにかかわらず、その後にいたり被告市が原告の建築を本件再開発事業の施行に支障になると判断して、急遽、右手続を充足せしめ、同法五五条一項の規定の発動を可能にしたとしても、そのこと自体を違法とすることはできない。

(三)  もっとも、本件における被告市の行為をみると、単に原告が建築確認申請書を持参した後に同法五五条一項の規定の発動手続をとったというだけにとどまるものではない。既に認定したとおり、被告市は原告からの願い出に係る図示証明を当日中にも行うことが可能であったのに、右発動手続を充足させるために図示証明を引き延ばし、また、右図示証明願が出された直後から同条項の発動を求めて建築を阻止する方針をきめながら、原告に対してはこれについて何も知らせなかったものである。そして、本件における事態の成行きが少なくとも原告本人にとって予想外のものであることは、被告市もこれを理解しえたはずであるから、昭和五二年一二月中に原告に対しては建築確認申請の取下を慫慂した際などにある程度事情を説明してやることは不可能ではなかったと認められる。もしこれが行われていたならば、原告は本件建物を事前に明け渡させることまではしなかったであろう。これらの点を考えると、被告市が原告の建築を阻止するための手続をとったこと自体の適否はともかく、その運び方はいささか姑息で配慮に欠けるところがあったとの批判を免れない。

しかし、更に検討すれば、まず、図示証明の引延しについては、《証拠省略》により、当時の多摩東部事務所の事務処理として原告の計画建物と同規模程度の建物の建築確認申請の審査には申請受理後四、五〇日を要していたことが認められるので、前述した本件の事実関係を前提とすると、仮に被告市の図示証明が引き延ばされず、これに続いて原告から適式な建築確認申請及び建築許可申請が行われたとしても、都市計画法五五条一項の規定の発動要件が充足される前に右建築確認及び建築許可を受けることができたものと認めることは困難である。すなわち、右図示証明引延しと建築不能との間の因果関係は否定せざるをえない。

また、原告が建築の可能性を信じて本件建物の事前明渡をさせたことについては、それに至るまでの経過をみても、被告市が原告に対してその誤信を誘発あるいは助長させるような積極的行為をした事実は認められず、右誤信は、ひっきょう、原告みずからの側の判断と予測に基づくものであったとみるべきものである。原告は、本件の建築確認等の手続につき専門家である渡辺建築士を代理人としていたのであるから、市街地開発事業施行区域内の建築規制に関して問題点を把握し必要な対応をなしうる立場にあったものであるが、図示証明願の提出後に被告市から建築確認申請の取下という異例の慫慂を受けたのにかかわらず、建築の可能性について特段の確認手段を講じた形跡はなく、更にその後に本件建物の明渡しを実行するにあたっても今後の手続の見通し等につき被告市や多摩東部事務所に打診するなどの措置をとったわけではなく、全く一方的に着工準備を進めたものというほかはない。渡辺建築士が関与していながらかかる経過を辿ったいきさつはやや不可解であるが、右の事実関係に照らせば、原告の着工準備が徒事に帰したことについては、全体として原告側の安易な判断による見込違いと評すべきところが少なくなく、それにつき被告市の配慮にも十分でない点があったにせよ、その点のみをとらえて原告の誤信につき被告市側に著しい不公正、不信義があったと非難することは相当でないというべきである。

(四)  また、原告の本件建築と二の1の(一〇)で認定した渋谷幸男の建築とを比較すると、建物の規模に顕著な違いがあり、両者を比較して、被告市の対応が原告に対して偏頗であったということはできない。その他、本件全証拠によっても、被告市が原告に対する不公正な意図のもとに行動したと認めるには足りない。

(五)  結局、本件における被告市の行為ないし措置についても原告主張のような不法行為の成立を認めることができない。

四  以上の次第で、原告の請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 河野信夫 高橋徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例